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  • 関わりの中で、見えてきたこと

    クラスで過ごす中で、 一人ひとりの背景には、それぞれの物語があることを改めて感じています。

    日々の生活の中で、 うまく力を発揮できない子どもたちがいます。

    一見すると「やれていない」と見える姿の奥には、 時間の使い方の難しさや、気持ちの揺れ、 家庭の中での関係性など、さまざまな要因が重なっています。

    その中で、私自身の関わり方について、 考えさせられる出来事がありました。

    ある保護者の方と面談をしたときのことです。 私は、「どうすれば今の状況が良くなるか」に意識が向いていました。 でも後になって気づいたのは、 その方には、その方なりの願いや、そうせざるを得なかった理由があったということです。 私はそこに、十分に耳を傾けられていなかった。

    「なぜそうしているのか」を聴く前に、 「こうしたほうがいい」に進んでしまっていた。 そのことに気づいたとき、少し苦しくなりました。

    また別の場面では、 保護者の要望に応えようとするあまり、 子どもに「一緒にがんばろう」と声をかけてしまったことがありました。

    でも本当は、その子が求めていたのは 「がんばろう」ではなかったのだと思います。

    その子の中にあったのは、 もっと手前にある、言葉にならない気持ちでした。 私はそこを飛ばしてしまった。

    大人の願いに応えることと、 子どもの気持ちに寄り添うこと。 その二つは、重なるときもあれば、ずれるときもある。

    ずれたとき、私はどちらを見ていたのか。 そう問い直すと、答えに詰まることがあります。

    クラス全体を見ること。 そして、一人ひとりに寄り添うこと。 そのどちらも大切だと分かっていながら、 その二つを同時に持ち続けることの難しさを、日々感じています。

    「できるようになること」だけを目標にしてしまうと、 その子自身の気持ちや、今感じているしんどさを、 置き去りにしてしまうことがある。

    本当に大切なのは、 「どうしたらできるようになるか」だけでなく、 「この子は、今どんなふうに感じているのか」に目を向けること。

    子どもを見ること。 そして、その子を取り巻く大人の思いにも、耳を傾けること。

    まだ答えは出ていません。 でも、問い続けることをやめたくはないと思っています。

    ーAmelie

    What I Came to See Through Being Involved

    As I spend time with my class, I’m reminded that each child carries their own story.

    There are children who, in their daily lives, struggle to show what they’re truly capable of.

    Behind what may look like “not doing enough,” there are layers of factors—difficulty managing time, emotional ups and downs, and the dynamics within their families.

    In the midst of all this, something happened that made me reflect on my own approach.

    During a meeting with a parent, my mind was focused on one thing: “How can we make this situation better?” But what I realized afterward was that this parent had their own hopes, their own reasons for the choices they had made. I hadn’t listened closely enough to understand that.

    I had moved to “here’s what we should do” before asking “why are things this way for you?” When I realized that, it stung a little.

    In another situation, I was so focused on responding to a parent’s request that I ended up saying to a child, “Let’s work hard together.”

    But I don’t think that was what the child needed to hear.

    What lived inside that child was something deeper, something that came before effort— a feeling that hadn’t yet found words. I had skipped right past it.

    Responding to what adults hope for, and staying close to what a child feels— sometimes those two things align. Sometimes they don’t.

    When they didn’t, which one was I looking at? When I ask myself that, I don’t always have an answer.

    Seeing the class as a whole. And at the same time, being present for each individual. I know both matter, yet holding them together is something I find difficult every day.

    When “getting better at something” becomes the only goal, there’s a risk of leaving behind what the child is actually feeling—the weight they’re carrying right now.

    What truly matters is not only asking “How can we help them improve?” but also “How is this child feeling, right now, in this moment?”

    To see the child. And to listen to the hopes of the adults around them, too.

    I don’t have the answers yet. But I don’t want to stop asking the questions.

    ーAmelie

  • どもが提出物を出せない理由は「できない」ではなかった ── 担任として気づいた、本当の壁|寄り道ダイアリー

    「何度言っても、提出物が出てこない」

    担任をしていると、こんな場面に出会うことがあります。話をすると、子どもは素直に聞いている。うなずいているし、目も合う。「分かった」ように見える。でも、次の日。提出物は、やっぱり出てこない。

    反抗されているわけでもない。さぼっているわけでもない。だからこそ、何が届いていないのか分からなくて、戸惑ってしまう。

    4月、私もそうでした。けれど、ひと月クラスで過ごす中で、見えてきたことがあります。子どもたちは、「できない」のではなかった。「どうすればいいか分からないまま、ここまで来てしまった」のでした。

    足りなかったのは、言葉ではなく、仕組みだったのかもしれない。

    ──そう思って、やり方を変えてみました。

    4月、何度も言葉をかけた

    新しい年度が始まって、ひと月が過ぎました。

    今年、私が受け持つことになったクラスは、自分の考えをしっかり持っている一方で、「やるべきことをやる」という部分に、少し揺らぎがあるように感じています。

    4月の間、何度も言葉をかけてきました。 提出物のこと。宿題のこと。日々の積み重ねの大切さ。

    話をすると、子どもたちは素直に聞いてくれます。うなずいて、目も合って、「分かった」ように見える。だから、伝わったんだと思っていました。

    でも、次の日。 提出物は、出てこない。

    反抗されるわけではない。ふざけているわけでもない。だからこそ、何が届いていないのかが分からなくて、正直、戸惑いました。

    「できない」のではなく、「分からないまま来てしまった」

    今振り返ると、言葉が届かなかったのは、子どもたちが「できていないこと」に気づいていなかったからなのだと思います。

    4月を過ごす中で見えてきたのは、「できない」のではなく、「どうすればいいか分からないまま、ここまで来てしまった」という姿でした。

    提出物を出すことも、当たり前のように見えて、実はたくさんの“小さな分からなさ”が重なっています。

    「いつ出せばいいか」が分からない。 「どこに出せばいいか」が分からない。 「カバンのどこに入れたか」が分からない。 「家でいつ書けばいいか」が分からない。

    大人にとっては当たり前のことが、子どもにとっては一つひとつが小さな壁になっていました。

    足りなかったのは、言葉ではなく、仕組みだったのかもしれない。

    やり方を変えてみたら、少しずつ変化が見え始めた

    そう思って、やり方を変えてみました。

    すると、少しずつ変化が見え始めました。 連絡帳に自分でチェックマークを付けるようになった子。 クラスで紹介した「一日のタスク管理」を使って、宿題の時間を組み込んだスケジュール表を作り始めた子。

    言葉では動かなかったものが、仕組みを渡したら、自分で使い始めた。それは、小さいけれど確かな変化でした。

    もちろん、まだ届いていない子もいます。提出できない子の顔ぶれは、少しずつ見えてきました。その子たちには、また別の道を一緒に探していく必要があります。

    5月の目標 ── 提出物が出せるようになること

    5月は、「提出物が出せるようになること」を、一つの目標にしました。

    言葉だけで変えようとするのではなく、小さな仕組みと、できた経験を積み重ねていくこと。 出せたときには、その場で認める。 出せなかったときにも、やり直せる道を残す。

    4月は、「気づく」時間でした。 5月は、「変わり始める」時間にしていきます。

    おわりに

    もし今、お子さんが提出物を出せないことで悩んでいる保護者の方がいらしたら、こう問いかけてみてほしいなと思います。

    「この子は、本当に『できない』のだろうか」 「それとも、『どうすればいいか分からない』だけなのだろうか」

    叱る前に、その子にどんな“小さな分からなさ”が積み重なっているのかを、一緒に見つけてあげる。それだけで、ずいぶん変わることがあります。

    私自身、まだ手探りです。ですが、子どもたちと一緒に、少しずつ進んでいけたらと思っています。

    ーAmelie

    What Words Couldn’t Reach

    A new school year has begun, and one month has already passed.

    The class I took on this year is full of children who have their own thoughts and opinions. But when it comes to “doing what needs to be done,” I sensed a certain unsteadiness.

    Throughout April, I spoke to them again and again. About turning in assignments. About homework. About the importance of building daily habits.

    When I talked, the children listened quietly. They nodded. They made eye contact. They looked like they understood. So I thought my words had gotten through.

    But the next day— the assignments didn’t come in.

    They weren’t being defiant. They weren’t fooling around. And that’s exactly what made it so hard to understand. What wasn’t reaching them? Honestly, I felt lost.

    Looking back now, I think it was because the children themselves hadn’t realized what they weren’t able to do.

    What I came to see over the course of April was not that they “couldn’t do it,” but that they had come this far without ever knowing how.

    Turning in an assignment may seem like a simple thing, but it’s actually built on many small layers of not-knowing.

    What had been missing wasn’t words. It was structure.

    With that in mind, I changed my approach.

    And slowly, things began to shift. One child started putting checkmarks in their planner on their own. When I introduced a method called “daily task management” to the class, some children began making their own daily schedules, building in time for homework.

    What words hadn’t moved, a simple structure set into motion—used by the children themselves. It was a small change, but a real one.

    Of course, there are still children I haven’t reached. The faces of those who can’t yet turn things in are becoming clearer. For them, I need to search for a different path—together.

    For May, I’ve set one goal: helping them become able to turn in their assignments.

    Not trying to change things with words alone, but building small structures and stacking up experiences of success. When they manage to turn something in, I acknowledge it on the spot. When they don’t, I leave a way back so they can try again.

    April was a time for noticing. May, I hope, will be the time things begin to change.

    ーAmelie

  • 量ではなく、丁寧さを育てるということ|寄り道ダイアリー

    5年生の担任をしていて、最近、あることを考えていました。

    筆算が苦手な子どもがいます。

    何度練習しても、うまくいかない。
    途中で集中が切れてしまう。
    解決まで粘り強くたどりつくことが難しい。

    その姿を見ながら、私は、原因について考えるようになりました。

    教え方なのか。
    練習量なのか。
    それとも、もっと別のところにあるのか。

    カウンセラーさんとも話す中で、ひとつ感じていることがあります。

    私たちは、ともすると、原因を外に求めがちだということです。

    成績が伸びないと、もっと塾へ。
    もっと教材を。
    もっと量を。

    けれど、本当に必要なのは、「増やすこと」ではなく、
    何がつまずきになっているのかを丁寧に見つめることなのかもしれません。

    考え続ける力。
    手順を追う力。
    毎日こつこつ取り組む力。

    そうした土台が育っていなければ、外側だけ増やしても苦しさが残ることがある。

    だから今、学級では、毎日一題、筆算に取り組んでいます。

    たくさんの量をこなすことより、
    一つひとつを丁寧に行うこと。

    その積み重ねの中で、計算の力だけでなく、
    粘り強さや、向き合う力も育てていけたらと願っています。

    そして最近、これは子どもだけの話ではない、とも感じています。

    私自身もまた、担任として抱えるタスクの量を調整する必要がある。

    あれもしたい。
    これもしたい。

    理想はたくさんある。

    けれど、現実には時間も、エネルギーも限りがある。

    その中で、本当に大切なことを見極め、
    量を抱えすぎず、一つひとつを丁寧に行うこと。

    それは、子どもに必要なことでもあり、
    私自身にも必要なことなのだと思うのです。

    理想を現実に落とすことは、簡単ではありません。

    むしろ、とても難しい。

    けれど、その難しさの中で、
    量ではなく、丁寧さを選びなおしていくこと。

    それもまた、教育なのかもしれない。

    最近、そんなことを考えています。

    ーAmelie

  • 呼吸を取り戻しながら、はじまった新しい年度|寄り道ダイアリー

    今日から、学校で新しい年度が始まりました。

    職場に行きにくくなった原因の先生の姿を見たとき、
    一気に息が乱れて、吐きそうになりました。

    自分でもどうしていいか分からなくなって、
    保健の先生に背中をさすってもらいながら、
    なんとか平常心を取り戻しました。

    そのときにかけてもらった言葉。

    「自分の呼吸に集中して」

    その一言に、救われるような気がしました。

    呼吸って、
    こんなにも自分の軸に戻るための手がかりになるんだと、
    あらためて感じました。


    クラスでは、初めて子どもたちと対面しました。

    明るくて、よく笑って、
    「明朗活発」という言葉がぴったりの子どもたち。

    その一方で、
    これから思春期へと入っていく時期でもあります。

    心の中の声が、
    感情というフィルターを通って外に出てくるとき、

    その「行動」だけを見て、
    その子を決めつけてしまわないようにしたい。

    そんなことを、強く思いました。


    委員会決めは、選挙で行いました。

    うまくいく子もいれば、
    思うようにいかず、涙を流す子もいました。

    小さな教室の中にも、
    社会の縮図のような出来事が、確かにある。

    その中で、

    自分はどうありたいのか。
    どうやって納得して選んでいくのか。

    子どもたちにとっても、
    そして私にとっても、
    それが問われているように感じました。


    うまくいかないこともあるし、
    揺れることもある。

    それでも、

    自分の呼吸に戻りながら、
    少しずつ、自分の在り方を選んでいきたい。

    子どもたちと一緒に、
    私自身も成長していけたらいいなと思います。

    ーAmelie

  • 守られているのに、苦しい朝|寄り道ダイアリー

    今朝は、少ししんどい。

    職員室には、まだ入れない。
    あの空間に足を踏み入れるだけで、
    心と体が固まってしまう。

    周りの人たちは、
    私を守ろうとしてくれている。

    本当にありがたいことだと思う。

    でも、その守りが強すぎて、
    今度は別の息苦しさが生まれている。

    囲まれているような感覚。
    動けるはずなのに、
    どこかで動けない。

    それぞれが気を遣い、
    それぞれのやり方で関わってくれていることは分かる。

    その中で、
    特に強く関わろうとしてくれる人もいる。

    守ろうとしてくれているのだと思う。

    でも時々、
    その関わりの強さに、
    自分の呼吸が浅くなってしまうことがある。

    守られているはずなのに、
    どこかで自分の感覚が置いていかれてしまうような、

    そんな不思議な心細さを感じる。

    一方で、
    距離を取っている教員は、
    変わらない日常の中にいるように見える。

    新しい学年の担任として、
    前に進んでいる姿が目に入ることもある。

    私は、
    お医者さんの診断書に基づいて、
    その人と距離を取る配慮をしてもらっている。

    頭では、
    それが「守られている状態」だと分かっている。

    それでも――

    心がついていかない。

    守られているはずなのに、
    苦しい。

    離れているはずなのに、
    楽になりきれない。

    この感覚を、
    どう言葉にしたらいいのか分からないけれど、

    ただ一つ言えるのは、

    今の私は、
    「安全」と「自由」のあいだで、
    まだ揺れている、ということ。

    そしてきっと、
    この揺れの中にいる時間も、
    無駄ではないのだと思う。

    少しずつ、
    自分で呼吸ができる場所を
    取り戻していく途中なのだと思いたい。

    ーAmelie

  • これ以上、広げないという選択|寄り道ダイアリー

    少し前まで、起業のことを考えていた。
    何かを変えたいと思っていたし、
    新しい道をつくることにも、心が向いていた。

    けれど、今は、そこに向かうだけのパワーがない。

    やりたい気持ちが消えたわけではない。
    ただ、それ以上に、
    もうこれ以上、自分を動かせないという感覚がある。

    「もう、たくさんだな」

    そんな言葉が、ふと浮かんだ。

    どこかで、がんばり続けてきたんだと思う。
    気づかないうちに、無理もしていたのかもしれない。

    だから今は、広げない。

    新しいことも、
    大きな決断も、
    先のことも、

    いったん脇に置いておく。

    その代わりに、
    目の前のことだけを、きちんとやる。

    今日やるべきことを、ひとつずつ。
    無理のない範囲で、丁寧に。

    それだけでいい、と思う。

    前に進んでいないように見える日もあるかもしれない。
    何も変わっていないように感じる日もあると思う。

    それでも、

    今の自分にできる形で、
    ちゃんと生きている。

    そう思えることのほうが、
    ずっと大事な気がしている。

    今はまだ、力をためる時間。

    また何かを始めたくなったときに、
    自然と動けるように。

    焦らず、広げず、
    静かに整えていきたいと思う。

    「今日は、これで十分。」

    ーAmelie


    Choosing Not to Expand

    Not long ago, I was thinking about starting my own business. I wanted to change something, and my heart was turning toward building a new path.

    But right now, I don’t have the energy to move in that direction.

    It’s not that the desire has disappeared. It’s just that, more than anything, there is a feeling that I simply cannot push myself any further.

    “I’ve had enough.”

    That phrase quietly surfaced in my mind.

    Somewhere along the way, I think I kept going. Without realizing it, I may have been pushing too hard.

    So for now — I choose not to expand.

    No new things. No big decisions. No thinking too far ahead.

    I’m setting all of that aside, just for now.

    Instead, I will do what is right in front of me. One thing at a time. Carefully, within what I can manage.

    That is enough.

    There may be days that look like I’m not moving forward. Days that feel like nothing has changed.

    Even so —

    I am living, in the way I can, right now.

    That feels more important than anything else.

    This is still a time for gathering strength.

    So that when I want to begin something again, I can move naturally, without forcing it.

    Without rushing. Without expanding. Quietly, I want to find my footing.

    “Today, this is enough.”

    — Amelie

  • 私はまだ、怖いままでいる|寄り道ダイアリー

    職場という場所は、不思議なところだと思う。
    そこには、きれいなものも、そうでないものも、全部が混ざり合っている。
    子どもへの愛、使命感、純粋な思い。
    その一方で、権力や恐怖、長い時間の中で少しずつ積み重なってきた歪みもある。

    私はある日、その“歪みのようなもの”の近くに立つことになった。

    最初は、自分がおかしいのかと思った。
    「私の受け取り方が悪いのかもしれない」
    「もっと上手くやれればよかったのかもしれない」
    そうやって、答えを自分の外と、自分の「足りなさ」の中に探し続けていた。

    でも、休職という時間の中で、少しずつ気づいていったことがある。

    傷つくことと、壊れることは、違うということ。
    そして、組織がうまく機能しないとき、
    それをすべて一人で引き受けなくてもいいのだということ。

    長い時間をかけて形づくられてきたものは、
    一人の力で変えられるものではないのかもしれない。

    そう思えても、体のこわばりは、まだ残っている。

    それでも——

    私は今も、怖い。

    あの場所に行こうとすると、
    体がこわばる。
    足がすくむ。
    うまく息ができない瞬間もある。

    もう無理かもしれない、と
    何度も思っている。

    それでも私は、戻ろうとしている。

    私にできることの最大限をやる。
    記録を残す。声を上げる。
    そして、自分の安全を守る。

    それだけでいいのだと思う。

    組織を救おうとしなくていい。
    私がまず守るべきは、私自身だ。

    傷ついた場所に、もう一度戻ることを選んだのは、
    逃げないためではない。
    自分の軸を、現実の中で確かめるためだ。

    怖いままでもいい。
    揺れたままでもいい。

    今の私には、
    「別の目的」がある。

    その目的が、
    今日の私を、そっと立たせている。

    ー Amelie


    I Am Still Afraid

    The workplace is a strange place, I think.

    Everything is mixed together there — the beautiful and the not-so-beautiful, all at once. Love for children, a sense of purpose, genuine feeling. And alongside that, power, fear, and a quiet distortion that has built up slowly over a long, long time.

    One day, I found myself standing close to that distortion.

    At first, I thought something was wrong with me. “Maybe I’m taking this the wrong way.” “Maybe if I had handled it better.” I kept searching for answers — outside myself, and inside my own sense of inadequacy.

    But during the time I spent on leave, something slowly became clear.

    Being hurt and being broken are not the same thing. And when an organization stops functioning, I don’t have to carry all of it alone.

    What has been shaped over many years may not be something one person can change. Even knowing that, the stiffness in my body remains.

    And yet —

    I am still afraid.

    When I try to go back to that place, my body tightens. My feet freeze. There are moments when I can’t quite catch my breath.

    Maybe I can’t do this anymore. I have thought that, more than once.

    And still — I am trying to go back.

    I will do everything within my power. I will keep records. I will speak up. And I will keep myself safe.

    That is enough.

    I don’t need to save the organization. The one I need to protect first is myself.

    I chose to return to the place that hurt me — not to prove I won’t run, but to test my own axis against reality.

    It’s okay to still be afraid. It’s okay to still be trembling.

    Right now, I have “a different purpose.”

    And that purpose is quietly holding me up today.

    — Amelie

  • ほどけていない部分ー寄り道ダイアリー

    久しぶりに、職場へ足を運んだ。

    まだ本格的な復帰ではない。それでも、あの場所に戻るということは、私にとって小さくない一歩だった。

    その日、かつて私を深く傷つけた出来事に関わる人が、そこにいた。怖くて、その場所に入ることができなかった。その人が去ってから、ようやく周りの人たちと言葉を交わした。

    変わっていなかった。みんながその人の機嫌をうかがいながら、場の空気を保っている。以前から知っていたはずの光景なのに、改めて目の当たりにしたとき、心の奥で、ぱきっと何かがひび割れるような感覚があった。

    痛かった。

    翌日、その感覚は少しずつ言葉になっていった。「私は、もうここにいられないのかもしれない」そんな思いが、静かに浮かんできた。

    頭では整理できている。けれど体は正直で、頭痛が続き、ふとした瞬間に涙がこぼれる。

    それでも、立ち続けたいという気持ちがある。それは意地や負けず嫌いではなく、もっと深いところにある本心だと思っている。

    休職中、ノートを五冊書いた。自分の気持ちを、言葉にし続けた。

    それでもなお、心の一番深いところには、まだ触れきれていない感覚が残っている。頭では理解できていても、どこかに「ほどけていない部分」がある。

    見えない傷は、見える傷より扱いが難しい。けれど、そこに傷があるということは、それだけ真剣に向き合ってきた証でもある。

    心のいちばん痛い場所に、ほんの少しでも近づくために、今日も一歩を踏み出す。

    ー Amelie

    The Part That Won’t Untangle

    I went back to my workplace for the first time in a while.

    It wasn’t a full return yet. Even so, going back to that place was no small step for me.

    That day, someone who had been involved in something that once hurt me deeply was there. I was too afraid to enter that space. After they left, I finally managed to exchange a few words with the people around me.

    Nothing had changed. Everyone was still reading that person’s mood, carefully maintaining the atmosphere of the room. It was a scene I had always known, yet seeing it again with fresh eyes, I felt something crack deep inside me — a quiet, brittle sound.

    It hurt.

    The next day, that feeling slowly began to take shape in words. “Maybe I can no longer be here.” The thought surfaced quietly, without warning.

    My mind has made sense of it all. But the body is honest — the headaches continue, and tears come without reason.

    Still, there is something in me that wants to keep standing. Not out of stubbornness or pride, but something deeper. Something I know is real.

    During my leave, I filled five notebooks. I kept putting my feelings into words, one page at a time.

    And yet — even now — there is something in the deepest part of my heart that I haven’t quite reached. I understand it with my mind, but somewhere, there is still a part that won’t untangle.

    Invisible wounds are harder to handle than visible ones. But the fact that a wound exists means I have been facing something with everything I have.

    To get just a little closer to the place that hurts most — I take one more step forward today.

    — Amelie

  • 見えない負荷の中で|寄り道ダイアリー

    復職を前にして、
    久しぶりに職場へ足を運びました。

    頭では「大丈夫」と思っていても、
    実際にその場に立つと、
    体の奥の方が強く反応しているのを感じました。

    本当は、
    一つひとつの仕事に丁寧に向き合いたい。
    落ち着いて、きちんと働きたい。

    けれど、環境によっては、
    思うように動けないことがあります。

    本来であれば自然にできていたことが、
    今は難しく感じられる。

    そのこと自体が、
    また小さな負担として積み重なっていきます。

    結果として、
    人の少ない時間を選んで動いたり、
    静かにやり過ごすように過ごしたり。

    そんな日々の中で、
    ふと立ち止まってしまう瞬間があります。

    「耐えているだけで、
     良いパフォーマンスを生み出せるのだろうか」

    そんな問いが浮かび、
    気づけば、涙がこぼれていました。

    今はまだ、
    はっきりとした答えは出ていません。

    それでも、
    自分の中にあるこの感覚を、
    なかったことにせず、
    丁寧に見つめていきたいと思っています。

    ーAmelie

  • 自分の舵を、自分で切る|寄り道ダイアリー

    昨日、久しぶりに学校へ行きました。 まだ春休み中で、本格的な復帰というわけではありませんが、それでも、とても疲れました。

    休職のきっかけとなった出来事が、まだ自分の中に残っているのだと、昨日改めて感じました。やっぱり、まだ怖いのだと思います。

    学校へ向かう前からお腹の調子が悪く、帰宅すると、体には真っ赤な蕁麻疹が出ていました。 心では「気合で乗り切る」と思っていても、体はとても正直です。

    夜、ジャーナリングをしようと思っていましたが、お風呂に入ったあと、目を開けていることさえできませんでした。

    学校という場所には、いろんな人の、いろんな感情があります。 昨日は人も少ない方でしたが、それでも、たくさんのものが流れ込んできました。

    承認欲求、嫉妬、計算高さ、正論。子どもへの愛、正義、純粋な思い。 きれいなものも、そうでないものも、すべてが混ざり合っている場所。

    私は「聞く側」にいることが多く、そうした感情を受け取ることが多いのだと思います。 気づかないうちに、いろんなものが、自分の中に置かれていく。

    それはきっと、自分の中に、まだはっきりとした境界線がないから。

    でも、これからは。 自分の舵は、自分で切りたいと思います。 かき乱されるままではなく、自分の感覚に戻ってくること。

    昨日のこの強い疲れは、流されそうになっていた証なのかもしれません。

    頭では分かってきたことを、これからは現実の中で、少しずつ練習していく。 自分の感情を、きちんと感じて、受け止めること。 そして、他人の感情には、少し距離を取りながら、見つめていくこと。

    そんなことを思いながら、復職に向けた日々を過ごしています。

    ー Amelie



    Steering My Own Ship

    Yesterday, I went to school for the first time in a long while. It was still spring break, so it wasn’t a full return — and yet, I came home utterly exhausted.

    I realized, again, that what had led me to take leave is still living inside me. I’m still afraid. That much is clear.

    My stomach was unsettled even before I left the house, and by the time I got home, my skin was covered in red hives. No matter how much my mind says, “Just push through,” the body is always honest.

    I had planned to journal that evening, but after my bath, I couldn’t even keep my eyes open.

    A school is a place filled with all kinds of people — and all kinds of emotions. Yesterday, there were fewer people than usual, and still, so much came flooding in.

    The hunger for approval. Jealousy. Calculation. Self-righteousness. Love for children. A sense of justice. Pure, sincere feelings. The beautiful and the not-so-beautiful, all swirling together in one place.

    I tend to be the one who listens — the one who receives. And without realizing it, I find things being left inside me that were never mine to carry.

    Perhaps it’s because I don’t yet have a clear boundary within myself.

    But from now on. I want to steer my own ship. Not to be swept away, but to find my way back to my own sense of self.

    Maybe this deep exhaustion from yesterday was a sign — that I had almost been carried off by the current.

    What I’ve begun to understand in my mind, I will now practice, slowly, in the reality of daily life. To feel my own emotions — and to truly receive them. And to observe the emotions of others with a little more distance.

    That is what I’m thinking about, as I make my way toward returning to work.

    — Amelie